断片から見える世界

窪田研二(筑波大学芸術系准教授)

 本展はC.A.J主宰のアーティスト・イン・レジデンス・プログラムで来日し、滞在制作をおこなった2人のアーティストの展覧会である。

 瑪瑙ルンナは、縫製、衣服などをテーマに作品を制作しているロサンゼルス在住の日本人アーティストだ。その表現はインスタレーション、ファッションショー、「ソーイング・シスターズ」という名のバンド活動、そして映像美術など多岐にわたる。彼女は、汗染みがこびりついたワイシャツの襟を大量に収集し作品を発表し続けている。アーティストによれば、ワイシャツ汗染みは男性の労働の象徴であり、一方で主婦はその汗染みを取り去るために様々な方法で格闘を続けてきた歴史を持つという。今回の展示でもそのような背景をもつ素材を大量に使い、ベッドやソファ、テーブルといった家具をすべて襟で覆いインスタレーションを制作した。

ここにおけるワイシャツの汗染みは、社会的ヒエラルキーの上部に位置するホワイトカラー層が自らの労働によって形成してきた現代社会のメタファーであり、同時に社会に拘束された男たちの首輪の痕跡でもある。一方で、家族という制度においても男性は労働の成果である報酬を家具などに反映させ、「一家の大黒柱」として時に誇らしげに、そして時に抑圧的な態度を取る。主婦としての女性は家を守りながらも、そうした男性中心社会において、時に従順に振る舞いながら家庭における主導権を掌握しようとする。つまり家庭はジェンダーの闘争場所なのだ。そしてワイシャツを縫製するミシンは、家庭内で主婦がおこなう労働のシンボルでもある。このミシンと汗染みのホワイトカラーが瑪瑙の作品によって出会うことによって、彼女はジェンダーの闘争から和解への過程を試みているようだ。

 アダム・リー・ミラーはデトロイトのアーティストで、映像、絵画、音楽といった領域で多彩な表現をおこなっている。1997年にニコラ・クーパレスと結成した音楽ユニット「Adult.」では、ユニークで精力的な活動をしている。彼らの制作する映像は、いわゆるPVとも映画とも言えない中間点に位置している。セットから演出まですべてを自ら手がけている映像は、彼らの興味や感性がふんだんに詰め込められており、その映像も「Adult.」のライブとセットでだけ上映するという興味深いものだ。

 今回の展示では、日本に滞在して制作されたドローイングとペインティングを出品している。会場である埼玉県立近代美術館の穴あきボード(壁面)を真似て描かれたドローイングは、ドットをモチーフに用いているデミアン・ハースト、ロイ・リヒテンシュタイン、そして草間彌生を想起させる。建築現場で働いていたというミラーは、このように空間や建築といった要素から作品を着想することが多いという。彼のペインティングも同様に、空間についての興味がベースになっており、そのような作品を通じ、視点の移動やずれによって生じる世界の見え方の変化をユーモラスに表現している。

 この2人に共通するのは、彼らの表現がメディアありきではなく、何を表現するかによって自在にメディアを変えていくことにある。それは多様な技術や各メディアに対する理解が必須であるがゆえに困難を伴う作業でもあるが、そうすることによってより自由な表現を獲得することでもある。

 そして彼らの興味とする対象は異なるものの、両者とも各々のモチーフ(汗染みの襟、建築的空間など)を通じ、世界を解釈しようという試みがなされている。日常的な世界の断片から世界の真実に迫ろうとする想像力と飛躍感こそがアートの可能性であり、今回のアーティストたちは作品を通じてその可能性を証明したのだ。

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